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岡山地方裁判所 昭和45年(わ)250号 判決

被告人 山下文夫

昭二三・三・七生 左官

主文

被告人を懲役二年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地の中学校を卒業後、三年間の左官見習をした後、岡山市において左官として稼働し職業がら平素自動車運転の業務に従事しているものであるが、

第一、昭和四五年四月二七日午後一〇時五〇分頃、酒に酔つて普通貨物自動車を運転し、岡山市岡町五〇番地先岡輝中学校東門前三叉路付近市道上を南進中、前方道路上で警察官岸川敏之(当四七年)が交通検問取締中であるのを認め、その検問を受け飲酒運転が露見するのを恐れ、検問をのがれようと右三叉路付近まで後退し、東方に通ずる市道に方向転換したが、これに不審を感じた同警察官は被告人の車の傍らに駈け寄つて、被告人に対し懐中電灯を振つて「止まれ」の合図をした。被告人は同警察官の右合図を認めたが、その指示に従つて停車すれば、飲酒運転が露見するのは必定なので、それを恐れる余り同警察官の制止を無視して発進し、前記東方に通ずる市道を時速約三〇ないし四〇キロメートルで東進したが自車が右に揺れたため、同警察官が、自車屋根に設置したキヤリア(荷台)を掴んで、停止させようとしているのではないかと感じたが、そのまま約四〇メートルほど進み、南方に通ずる横道に右折して逃走しようと右後方を振り返つたところ、自車の右横にぶらさがつている同警察官の姿を認め、同人があくまで停車させようとする意図であることを知りひどく狼狽したが、一旦逃走をはかつていることとて、このまま停車すれば大事になるとの思いにかられ、加速して逃走すれば同人が危険を感じて手を放すか、あるいは強引に同人を振りはなせるであろうと即断し、自車の速度を時速五〇ないし六〇キロメートルに加速して更に約八〇メートル直進疾走し、同市清輝橋三丁目三番一五号先の、右市道と南北に走る国道三〇号線との交差点の手前一三ないし一四メートル付近に至り、同交差点に対面する右側の歩行者専用信号機が赤色表示であるのを認め、あわてて急制動措置を講じたが、そのまま同交差点に進入してしまつたうえ、折から右国道を北進して来た水元武一運転の普通乗用自動車を発見したので、その直前を横切ろうとしたが間に合わず、同車左前部に自車右前部を激突させ、その衝激により前記岸川敏之を路上に転落顛倒させ、同人に全治約八ヶ月を要する脳挫傷、四肢打撲傷の傷害を負わせ、

第二、同日午後一〇時五〇分頃、右普通貨物自動車を運転し、時速五〇ないし六〇キロメートルで前記清輝橋三丁目三番一五号先交差点に差しかかつた際、進路前方の同交差点の歩行者専用信号機は、赤色表示をしていたのであるから、その表示に従つて直ちに停車し、又は極度に減速して同交差点内の交通の安全を確認し、もつて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、右赤色表示の発見が遅れた過失により、同交差点の手前約一三ないし一四メートル付近で急制動措置を講じたものの、同交差点内に進入してしまい、折から水元武一(当二二年)運転にかかる普通乗用自動車が北進してきたのを発見したので、咄嗟に同車との衝突を避けようとして再び加速したが間に合わず、自車右前部を同車左前部に衝突させて右水元武一運転の自動車を同国道東側部分に滑走させ、同車前部を同所を北から南に向け進行していた大島忠広(当二七年)運転の軽四輪乗用車の前部に衝突させ、よつて右大島忠広に対し、全治約一〇日間を要する頭部挫創兼打撲症の、右水元武一運転の普通乗用自動車に同乗していた横田富美夫(当四六年)に対し、全治約一週間を要する額部、両手挫傷の各傷害を負わせ、

第三、前記第一掲記の日時、場所において、呼気一リツトルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により、正常な運転ができないおそれのある状態で前記普通貨物自動車を運転し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(殺人未遂の訴因につき殺意を認めなかつた理由)

一、判示第一の事実につき検察官は殺人未遂であるとし、「被告人が、判示日時頃判示三叉路で岸川警察官に自車の屋根に設置してあつた荷台に手をかけてぶらさがられ停車されそうになつたため、このうえは同警察官を車から振り落して殺害するも止むなしと決意し直ちに自車を時速約五〇キロメートルから約六〇キロメートルに加速して、右三叉路から東方へ約一四八メートル疾走させ、判示交差点に至るや、判示水元運転の車輛に自車を激突させ、同警察官に対し判示傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかつた」というのであるところ、(証拠略)によれば、検察官の右主張にそう自供があり、あるいは被告人が未必的にもせよ殺意を有していたのではないかと疑うに足る一応の証拠が存する。

二、(一)、そこで、先ず本件犯行に至つた経緯、犯行の状況、その際の被告人の心理状態等について検討するに、前掲判示第一の事実に関する各証拠を総合すると、

(1)、被告人は、交通検問取締中の警察官岸川敏之(以下被害者という)を発見した後、飲酒運転が露見するのを恐れて判示岡輝中学校東門前三叉路迄後退して東方に通じる市道に方向転回しようとした際、ハンドル操作を誤り、同校東門南側の石柱に自車後部を衝突させてしまい後部バンバーを破損させたこと、

(2)、すると、ヘルメツトをかぶり赤の懐中電灯をかざした制服姿の被害者が、自車右側前方に駈け寄つてきたため、そこで停止すれば飲酒運転が露見すると思い、恐しさも加つて、必死で東方に通じる道路に逃走しようとして発進したところ、ハンドルの切りかえし操作が不充分であつたため、右方に前進し、近寄つてくる被害者に向つて動き始めたので、慌てて左にハンドルを切つたが、左に切りすぎてしまい、急いでハンドルを元に戻して東方に向けて発進したこと、

(3)、その際、被害者が自車右側から判示キヤリア部分を掴んで停止させようとしたために車体が右に揺れたので、被告人は、被害者が右キヤリア部分に掴つているものと感じたが、時速三〇ないし四〇キロメートルで東進し、右発進地点から約四〇メートル進み、南方に通じる幅員約五メートルの路地に右折して逃走しようと右後方を振り返つたところ、自車右側後部付近にキヤリアにぶらさがつている被害者の姿を認めたので、驚いて前方に向きなおつたが、既に南方に通じる路地入口を通過してしまつていたため、咄嗟に時速約五〇ないし六〇キロメートルに加速したこと、

(4)、その後、振り返えることなく右加速地点から約八〇メートル東方迄疾走し、判示国道三〇号線との交差点にさしかかり、対面する右側の歩行者専用信号機が赤色表示をしているのを認めたので、そのままでは交差点に進入してしまうとの危険を感じ、交差点西端から約一三ないし一四メートル西方の地点で、ブレーキを踏み急制動の措置を講じたが、同交差点内に進入しかけてしまつたうえ、右方から北進中の水元武一運転の普通乗用車を発見したため、同車との衝突事故を避けようと思い、咄嗟に、ブレーキペダルから足を離し加速して同車前方を横切ろうとしたが、間に合わず、慌ててハンドルを左に切つたが、同車左前部に自車右前部を激突させてしまつたこと、

(5)、右衝突の衝激により、被害者は、自車右側後部と右普通乗用車左側後部との間に挾まれてしまい、両車の車体で圧迫されて路上に転倒し、判示傷害を負つたこと、

等の事実が認められる。

(二)、ところで被告人の検察官に対する供述調書には「東西(南北の誤記と思われる。)に通ずる三〇号線の手前まで来た時、前方の信号が赤であることが見え、また右斜めに南から北に向け走る車を発見しました。私は東西(南北の誤記と思う。)に走る車がなければ三〇号線を横切つて東の方に逃げようと思ったのですが、今いつたように車を発見したので危いと思いブレーキを踏んで停まろうとしました。しかし間に合わず三〇号線に出た所でガーンという音がし気を失つてしまいました。」旨の供述記載部分があり、これは被告人が赤色表示の信号を無視して交差点内に進入し、そのまま国道三〇号線を横断しようとしたが、右水元運転の普通乗用車を発見したので、急停車したということに外ならないが、(証拠略)を総合すると(1)、被告人運転の車輛によるものと認められるいわゆるスリツプ痕跡が、交差点西端から西方に約六メートルに亘り二条存在すること、(2)、従つて、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度においては、ブレーキ作動を決意してから実際にブレーキが効き始めるまでのいわゆる空走距離は七ないし八メートルであることを考慮すると、被告人は、少くとも同交差点西端から一三ないし一四メートル西方の地点でブレーキを作動しようとしたものと認められること、(3)、国道三〇号線を北進してきた水元において、被告人の車輛が交差点西端から進出して来たのを発見した地点は、同車との衝突地点から南方約一一ないし一四メートルの地点であると認められ、従って、被告人がブレーキを作動しようとして交差点西方一三ないし一四メートルの地点に至った時には、水元運転の車輛は右発見地点よりも南方の地点を走行中であったといわなければならず、その地点は、発見地点の南方一一ないし一四メートル付近であると認められ(被告人の車輛の速度は、時速五〇ないし六〇キロメートルであるから、秒速に換算すると約一四ないし一六メートルであり、従つてブレーキの作動を決意した交差点西端の西方一三ないし一四メートルの地点から、同交差点西端に至る迄の所要時間は、〇・八ないし一秒位であり、水元運転の車輛の時速は約五〇キロメートルであるから、秒速は約一四メートルとなり、〇・八ないし一秒間に約一一ないし一四メートル進行することになる。)、しかも、同交差点西端には幅員約三メートルの歩道があり、その西側端及び、被告人進行の東西に通じる道路の右側端には、いずれも板べいがあり、それによって空地が囲繞される状態になつているのであるから、被告人が、ブレーキを作動しようと決意した地点から国道三〇号線を北進中の水元運転の車輛を見透すことは困難であると認められること、(4)、被告人の司法警察員に対する供述調書二通には、前記認定事実一の(一)の(4)にそう供述記載部分があること等の事実に照らし、被告人の検察官に対する供述調書の前記供述記載部分はとうてい信用することはできない。

三、(一)、なる程、被告人は、被害者が自車のキヤリア部分に掴つてぶらさがつているのを認識しながら、時速五〇ないし六〇キロメートルに加速して疾走したのであるから、その際、風圧等によって被害者を振り落して路上に転倒させるに至ることのありうることは容易に認識し得たであろうと認められ、その結果、被害者の身体の重要部分を路上に強打させて重傷を負わせ、打ちどころが悪ければ、死の結果をみるに至ることも経験則に照らし否定し難いところである。

しかしながら、被告人が加速し、疾走したことで、直ちに、死の結果の発生をも認識し認容していたものと認めるのは、いささか早計の憾を免れないのであつて、なおその際の被告人の心理状態及びその他の客観的状況をも併せ考慮して、その存否を決するの外ない。

(二)、前記認定事実によれば、

(1)、被告人は、検問中の被害者を発見してからは再三ハンドル操作を誤まる程で、いたく狼狽していたことはほとんど疑いの余地がないから、路地に右折して逃走しようとして自車キヤリア部分に掴つている被害者の姿を認め、同人が執拗にも停車させようとしていると知るや、その予想外の事態に驚愕し、そのままでは大事に至るとの恐怖心にかられ、逃走しようとする一心で加速したものであると解しても少しも不自然ではない。その際、加速することによって被害者が手を放し、或いは同人を強引に振り放せるであろうと予想したものと認めることは必ずしも難くないところであるが、被告人は、咄嗟の、しかも予想外の事態の発生で、ひどく狼狽していたのであるから、このような心理状態の下で、それ以上に被害者を路上に転倒させて死亡の結果を招来するに至りうることまでをも認識、認容して加速したものと認めることは、異常事態下で狼狽している者の心理状態を、平静の心理状態と同視しようとするものであつて到底疑いを禁じえない。

(2)、又、加速後、時速五〇ないし六〇キロメートルで約八〇メートルの距離を疾走した後、交差点にさしかかつたので急制動の措置を講じたものであるが、その間僅か五、六秒位にすぎず、しかも後方を振り返える等して被害者の動静を確認したり振り落そうとする措置を講じる等した形跡はないのであるから、只管、逃げのびたい一心で疾走したところが、たまたま、交差点にさしかかつてしまい、あわてて急制動措置を講じたものであると解せられないこともないのであつて、その僅かの間に、被害者の路上への転落による死の結果の発生という事態を認識し認容する程の心理的余裕があつたかどうかは、極めて疑わしい。

(3)、被害者が、前記キヤリアのいかなる個所を掴み、いかなる体勢でぶらさがつていたものであるかは必ずしも明らかではないが、前記認定事実及び(証拠略)を総合すると、被告人の車輛に設置されたキヤリアは、路面から約一・四メートルの位置にあり、被害者が、キヤリア部分に掴つてぶらさがつたとしても、同人の足は路面に接触する状態になるうえ、当時、足を路面に接触させた状態でぶらさがつていたのではないかと推認されること、被害者がぶらさがつていた位置は、右側後部で後車輛付近かそれより後方であること、しかも被害者は、制服を着用した警察官であつて、頭にはヘルメツトをかぶつていたこと、犯行当時は深夜でもあり、後続車があつたとは認められないこと等の事情に照らすと、被害者が路上に転落した際、身体を強打して相当の負傷をするであろうことは推認するに難くはないが、被告人運転の車輛又は、後続車によって轢殺される危険性は比較的少ないというべきであり、又路上に身体を強打した場合でも、それによって、死の結果が発生する蓋然性が高いと断定するには、いささか躊躇を感ぜざるを得ない。

(4)、本件被害者の傷害の直接の発生原因は、水元運転の車輛との衝突事故によるものであつて、それは、前記認定事実に明らかなように被告人の過失による交差点進入行為によって惹起されたものであり、その際、被告人において、自車を同車輛に衝激させ、その衝激によって被害者を路上に転倒させることまでも認識し認容していたものと認めることはできない。

けだし、それは、被告人自らの生命をも危険に晒すことであつて、飲酒運転の露見を恐れる余りに逃走してきた被告人が、敢えてかかる所為に及ぶものとは到底考えられないからである。

従つて、被告人において、同交差点内に進入したうえ、交差点において被害者を転落させるとか進行中の車輛に自車を衝突させる意図があつたとも認めることはできない。

四、(一)、更に、被告人の供述についてみるに、被告人の検察官に対する供述調書には「このように速度を出して走り警察官を振り落とすと打所が悪ければ死ぬ事があるしまた車の下に巻き込んで轢殺する事がある位判つておりました。しかし私は逃げたい一心で警察官が死のうがどうなろうとかまわないと咄嗟に自棄になつて車を走らせたのです。」旨の供述記載部分があり、被告人は、加速して疾走した際、被害者の転落とそれによる死の結果の発生を明確に認識し、その事を認容していたというのであつて、明らかに未必的殺意を肯認するものである。ところで、被告人が右供述をするに至るまでの他の供述についてみるに、被告人が検挙直後捜査官に供述した昭和四五年四月二八日付司法警察員に対する供述調書には殺意に関し、「警官が車から振り落されてどうなるかというようなことは考えていなかつたように思うのですが、当時頭が「かつと」してどうにでもなれというような気持ちでしたので、このことについてはよく頭を整理して後から申し上げます。」旨の供述記載部分があるにすぎない。

ところが、その二日後の同年五月一日付司法警察員に対する供述調書には「逃げかけていましたので、僕はその時逃げるのに必死でした。それですから、高速で走つている自動車から警察官を振りおとしたら、警察官が怪我するだろう、また頭でも強く打つたら死ぬかも知れないとちらつと頭の中では思つたのですが、一旦逃げかけてからつかまつたら大変なことになると思って、突走してしまいました。」旨の供述記載部分があり、一瞬間死の結果の発生を認識した(認容していたかどうかは必ずしも明確ではない。)と供述するに至り、その後、同月四日、前記の検察官に対する供述調書中で明確に未必的殺意を自供するに至つたものである。このように被告人は、検挙直後は被害者が転落してどうなるかということは考えてもいなかつた旨供述していたが、その後、被害者が死ぬかもしれないとちらつと思った旨供述し、ついに、死の結果の発生を認識し、かつ認容していた旨供述するに至つたものであつて、時を経過するに従つて、犯行時の心理を明確かつ詳細に供述するようになつてきている。

(二)、右供述の変化は、なる程、被告人の当初の興奮した精神状態が、次第に冷静さを取戻したが故に、事案の真相を供述するようになつたものであると評価できないでもないが、しかしながら、前記検挙直後の司法警察員に対する供述調書には、犯行に至る迄の経緯、犯行当時の状況につき、明確かつ詳細な、しかも客観的事実に合致した供述記載があり、これに反し、検察官に対する供述調書には、前述のように客観的事実に合致しない供述が詳細に記載されていること(前記一の(二)の「ところで」以下の部分)、に照らしてみると、必ずしも、検察官に対する供述調書の供述記載の方が事案の真相をより正しく供述しているものであるとばかりはいいがたい。

むしろ、前述したように、被告人は、咄嗟の、しかも予想外の事態の発生でひどく狼狽していたのであり、そのような心理状態下で本件が敢行されたものであるだけに、未必的殺意という被告人の極めて微妙な心理状態を明確かつ詳細に説明できることの方がむしろ不自然であると評しえないこともないのであつて、取調を受けるに従つて、未必的殺意についての供述が明確かつ詳細なものとなつてきたことからすると、被告人は、取調を受けるに従つて、結果の重大性と自己の行為の責任の重大さを認識すると共に、捜査官の理詰の取調を受け、誘導のままに後から考えたことをあたかも犯行当時の心境であつたかの如く供述するに至つたものではないかとの疑いが強く残るのである。

従つて、未必的殺意を肯定する供述があるからといつて、それが犯行当時の心境を卒直に述べたものであるとするには、なお躊躇を感ぜざるを得ない。

五、以上の説明によって明らかなように、被告人が本件犯行の当時未必の殺意を有したとするには到底合理的な疑いを拭い去ることができないから、判示のとおり傷害罪を認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇四条罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為はいずれも刑法二一一条前段に、判示第三の所為は昭和四五年法律第八六号による改正前の道路交通法六五条、一一七条の二第一号に各該当するが、右判示第二の所為は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い大島忠広に対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとし、以上各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で量定すべきところ、本件は、飲酒のうえ自動車を運転したが故に発生したものであつて、現下の交通事情に照らし、それ自体極めて危険なものであつたこと、しかも酒酔い運転の露見することを恐れる余りに、制服警察官の停止の合図を振り切つてまで逃走し、その結果、被害者に対し、一時生命を死の危険に晒す程の重傷を負わせたうえ、一命をとりとめ回復後も、犯行当時の記憶を失わせ、職場に復帰しても、警察官本来の職務に携わることができず、単純な軽作業に従事する他なくなつている程であり、被害者の受けた肉体的精神的苦痛は極めて甚大であること等を考えると、被告人の刑事責任は極めて重いものであるといわなければならない。被告人には、前科前歴もなく平素は左官として精励していた前途ある青年であること、犯行後深く反省し改悟していること、本件がいわば偶発的な犯行であり、被害者にも全く過失がなかつたともいえないこと等の有利な情状も存するが、これらを考慮しても、事件結果の重大性に照らし実刑はやむを得ないものといわなければならず、右刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

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